NITSニュース第107号 令和元年10月25日

「教育課程管理」を「カリキュラム・マネジメント」へ

上越教育大学 教授 安藤知子

「教育課程」と「カリキュラム」はもともと同じcurriculumでありながら、次のような含みがある点で異なっています。 すなわち、「教育課程」は教育をする側にある教育計画全般を指して教育内容の配列等の意味合いで使用されるのに対して、「カリキュラム」は子どもの側にある諸活動の経験の総体を指すという違いです。 カリキュラムには、意図されている教育内容のみでなく、その学び方や教師の側では意図しなかった副次的な学びも含まれます。「子どもの学びの履歴」とイメージするととらえやすいのではないかと思います。

カリキュラム・マネジメントが重要であるというのは、この「子どもの学びの履歴」をより一層質の高いものにしていくために、PDCAサイクルを意識して常に教育計画を見直し、改善していくことが重要であるということです。

とはいえ、これだけでは抽象的でよくわからないと感じる方も多いかもしれません。 そこで、カリキュラム・マネジメントに際して2点押さえておきたい基本的な視点を挙げたいと思います。

第一は、カリキュラムが子どもの側にあるとしても、学校でのカリキュラムの出発点は教育をする側にある、ということです。 子どもがどのような経験をするかの起点には、何を学んで欲しいのか、どのような姿になって欲しいのか、という教師の側の願いがあります。 教師の側がしっかりと願いや見通しをもった教育計画を手元に持つこと無しには、カリキュラム・マネジメントは始まらないでしょう。

第二は、そのうえでカリキュラムが教師の側だけにあると考えてはいけない、ということです。 周到に準備をし、発問や板書計画まで詳細に考えて臨んだ授業でも思うように教師の意図が伝わらないことはあります。 反面、時間がなくて十分に準備もできず駆け足で進めてしまったけれども、一人の子どもの発言から学習が思わぬ方向に発展し、とても良い雰囲気で学級全体の理解が深まったりすることもあるでしょう。

抽象的でわかりにくいながらも、「子どもの側にあるカリキュラム」を読み取ろうとする努力が必要です。 わかりにくくて当然なので、わからないことを気にせずに「子どもは今何を学んでいるのだろうか」と、素朴に疑問を持ちながら子どもの姿を見つめ続けることが大切なのではないかと思います。 例えば、「算数の繰り上がりを学習している」と理解するだけでなく、「実物のないところで想像力を働かせることを学んでいる」とか、「友達と一緒に考えるとアイデアが広がることを素敵なこととして経験している」などです。

教師の指導計画は、このような子どもの側の学び方と影響し合いながら柔軟に展開を変えたり時数配分を調整したり、使おうと思っていた教材を変更したりすることが必要になります。 当然、時期や内容によっては他の教職員との調整も必要になるでしょう。それこそがカリキュラム・マネジメントの原型です。

端的に言えば、「それは理想だけれども現実には時間もなく十分な準備もできないから例年通り無難にこなしている」という教員を一人でも多く、積極的に子どもの学びに関与しようとする教員へと変えていくことが求められています。 教育課程管理からカリキュラム・マネジメントへの転換です。だからこそ、カリキュラム・マネジメントは組織マネジメントと不即不離なのです。 個々の学校が、組織として主体的に自校の課題、自校の子どもの現実から願いを持ち、ありたい姿へ向かって躍動していけば、カリキュラム・マネジメントも活性化していくのではないでしょうか。

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