NITSニュース第10号 平成29年8月25日

スクール・マネジメントを考える(Ⅱ)―「鍋蓋(なべぶた)型組織からの脱却を」―

独立行政法人教職員支援機構 理事長 高岡信也

学校の組織を評して,「鍋蓋型組織」と言うことがあります。もちろんこの言い方は,良い意味で使われているのではありません。居酒屋のおでんでも煮るような,大きな鍋を想定して下さい。学校は,そのおでん鍋の蓋と同じ形をしているというわけです。校長先生が鍋の蓋のつまみの部分,つまり鍋を持ち上げるときに指でつまむポッチにあたり,まず,中央に鎮座して全体を睥睨(へいげい)している図です。 その他の教職員は鍋の蓋の平たい部分にあたり,全員がほぼ平等。少しうがった見方をすれば,「校長だって,鍋の蓋そのものがあるから持ち手の意味があるわけで,ポッチ単独では意味をなさない」と言うことかもしれません。さらに「鍋の蓋全体は取り替え不可能だが,つまみはネジ一本で交換可能」と言うと,ちょっと穏やかではなくなります。

組織のあり様を評するこの表現は,学校のあり方を揶揄する意図が込められていますから,この「鍋蓋型組織」という言葉が,意味のある組織として認められないことは歴然です。学校が組織体として極めて未成熟だということ,組織になり切っていない組織だという批判の意味が強いのです。 学校を管理の対象だと考えるならば,その責任者は一人で結構,管理責任者の命令にしたがって動く人の群れを想定すれば十分で,そこに構成員の意志や意欲を尊重する経営的視点が入る余地はありません。その意味で,学校運営を管理から組織的経営に転換させようとすれば,その組織のより良い形態は「鍋蓋型」ではあり得ないはずです。

しかし学校の現状には,いまだ,鍋の蓋まがいの組織段階にとどまる要因がないとは言えません。それどころか,わが国の学校が鍋蓋型組織であるのは,もはや学校の「文化」そのものなのかもしれません。時代が変わっても,長く慣れ親しみ,血肉化された「文化」はそう変わるものではなく,例えば校長のリーダーシップ論が喧伝(けんでん)され,実践されようとしても,トップリーダーである校長の「ある日の決断」が,上意下達式に組織を動かすという事態も想定されるのです。

リーダーシップらしきものが存分に発揮できても,そのリーダーの言説や提案が,組織の運営に有効な手立てであるか,敢えて言えば,正しい方向に向かっているか否かは,それらが構成員の議論や評価に耐え得るものであるかどうかに懸かっている。逆に言えば,構成員のコンセンサスに全く立脚しないリーダーシップはあり得ないと言い換えてもよいでしょう。その意味で,学校のマネジメントを担う立場にある人を管理職に限定する考え方は,すでに古い観点だと言えるでしょう。

そもそも学校運営を管理ではなく経営だと理解する見方自体,学校を相対的に自立した組織ととらえ,その構成員である教職員全員が何らかの形で組織運営に関与しなければならないという前提に立っているはずです。副校長・教頭,主幹教諭,指導教諭,生徒指導や教科,学年等の主任と,学校には管理職や組織のリーダーと見なされる多くの職種が置かれています。 しかしそれらの職が有効に機能しているかどうかは,構成員一人ひとりの「組織とは何か,学校を経営するとはどういうことか」に関する認識次第です。まずは,自らの組織が「鍋蓋型」ではないこと,少なくともそこからの脱却を真剣に追求している組織であるかどうかを点検してみる必要はありそうです。

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